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「沈まぬ太陽」 [watching]

 ジャッコの「This Is It」も観たいところだったけれど、ツレがこれも面白いとしつこく主張するので、観念して観てみたが、これが3時間22分とは思えないほどよく出来た作品だった。
 ほー。

 プログラムもよく出来ていて感心した。出演者へのインタビューを編集した形になっているけれど、丁寧にまとめられていて、編集した側の出演者に対する敬意みたいのが感じられるくらいだった。編集されすぎてなきゃいいんだけどね。制作側としてはそれくらい気合の入った作品だったのかもしれない。いろいろ揉めたみたいだからね。公開後もうだうだ言ってるみたいだし。それも社内報で。文句言うならちゃんと広報通してコメント出した方がいいと思うけど。映画作られちゃってるんだから。そういう無意味な封鎖的な態度こそが問題視されてるんじゃないの。鈍い奴だな。

 話がずれたけど、その気合みなぎるプログラムを読む限り、この作品のテーマは「矜持」らしい。監督も、三浦友和も渡辺健も同じ言葉をインタビューの中で繰り返している。「矜持」か。私には「信念」に映った。それぞれが正しいと信じていること。それがそれぞれに違う。恩地も行天も突き詰めれば、なそうとしたことは一緒で、理想の実現だと思う。ただその「理想」が恩地と行天でまったく正反対の物だったってことなんだと思う。だけどどっちが正しいのか、たとえ行天が不正にまみれていようと、一概には言えないと私は思う。なぜなら、なぜならば、恩地の豪語する正義もまた、みんなを救ってくれるとは限らないから。現に彼自身の家族が犠牲になる。彼を信じて意を同じにた後輩が破滅する。彼が矜持の名の元に挫かれていったものはきっと彼が想像するよりはるかに多いと思う。
 人が理想を掲げる裏で、偽善は常に存在する。もしも型どおりの正義だけでみんなが公平に扱われて生きていけるなら階級や差別と言った言葉は生まれなかっただろうから。また人間はそういうふうにして自己保存するようになっているんだと思う。公平さが見せかけである限り、世界平和なんてあり得ない。多分本当の意味で人間がそれを勝ち得るには、もっと別の次元に到達しなければ見えてこないことなのかもしれない。

 渡辺健のインタビューを読んで彼の演技が確かに作品に反映されているなと思い当たる節があって、彼の考察とその演技力に感心させられた。恩地って人は自分をコントロールする能力にたけている。例えばさ、些細なことだけど、娘のお見合いの席で、相手の両親の卑しい下心に恩地が気付いて思わず家を飛び出してしまうシーンがあるけど、その後を追っかけて出てきた奥さんに「あのベンチのろころまで行ったら帰るぞ」と宣言して、そこまで行くと備え付けの灰皿で吸いかけのタバコをもみ消して戻ろうとする。それをみてすごい自制心だなと思った。私だったらとてもじゃないけど、そんな短い時間で体制立て直せないと思うし、そもそも家を飛び出してくなんてことしないで、相手を追い出して全てを仕切り直したと思う。どっちかっていうと、この縁談はなかったことにするために。単純に考えると私には恩地みたいな辛抱強さがないってことなんだろうな。理不尽を飲み込んだ上で、活路を見出すみたいな。私ならきっとそれがだめなら別の道を探すってとこだろうな。別の楽な道か。水は低きに流れるじゃない?
 それでも「矜持」を誇示する恩地は現実的にはヒーローではない。才能はあっても不遇の極みに甘んじて身を置いている。当たり前の倫理観や正義を主張した者が企業にどう扱われるか。働かないけど権利だけは主張したい一介の会社員たちにはいい見せしめだ。作品の中心は御巣鷹山での事故だと渡辺健も言っているけれど、私にはそうは感じられなかった。この作品の中心はどこをとっても恩地彼自身だ。ただひたすら恩地の生きざまを、社会とのコミットのし方を描いた作品にしか私には見えなかった。御巣鷹山の一件は彼を通り過ぎた様々な理不尽の、悲劇の、一つでしかない。
 作品の最後で、恩地がお遍路に出た御巣鷹山の犠牲者の父親に書いた手紙が印象的だった。「家族を全て失ったあなたの絶望に比べたら、それまでに自分が囲った不幸などはどれほど些細なことであったか」みたいなことを言って、その年老いた父親を慰めた。普通だったらあり得ない理不尽を飲みこんできた恩地の言う言葉だからこそ響く言葉だと思った。
 しかし、年老いた父親をアフリカまで呼び寄せるならチケットも送ってくれないと困るよね。実際問題として。
 あと、恩地の人間性で私が唯一納得できなかった点はハンティングを趣味にしていたこと。動物をむやみに殺すなんて悪趣味にも程がある。

 三浦友和もこれほど研究してキャラを作るというのは私の想像の範疇にはなかったことなので、素直に感心してしまった。ナントカ京香のキャラ作りが結構適当だなと浅く映ってしまうほどだったよ。
 一番理解できなかったキャラは松雪の。あれは人間の屑なんだと思う。そうであれば納得できる。ろくでもない男との逢瀬のために嘘をついてまで後輩にシフトを代わってもらった結果、事故に遭わせて死なせてしまったという自責の念みたいのが微塵も感じられない松雪の演技には背筋も凍る。さらに身の毛のよだつのは、その後もそのろくでなしの愛人を辞めず、あろうことか死なせた後輩の親に取り入って遺族の個人情報をまんまとせしめ、言われるがままに会計調査に任じられた恩地をスパイし、どういう神経かそのすべてを恩地に吐き出した上で「行天を助けてやって」と言うに至っては私は失神するかと思ったよ。お前こそ助けてもらえよ。何言ってんだ。
 しかし、そんな気違い女の扱いもそつのない恩地に私は改めて感心させられたりもした。はー。恩地スゲー。

 御巣鷹山の一件は私が想像してたより作品中では存在感が薄かった。もっとあの事件が話の中心になるのかと思ったけれど、観てる間ずっとそんな感じは受けずに終わった。
 企業が利益を優先させた結果として人命が犠牲になるといった話はむしろ近年ありがちな企業体質としてよく耳にするくらいだ。JALは映画化にあたり一切協力しなかったらしいけれど、これが事実無根で完全なフィクションだと言うなら、その立場を作品上はっきりさせた上で(してたと思うんだけど)、協力を惜しまないほうが懐の深い企業だと逆にイメージアップになったんじゃないのかな。結局後ろ暗いところが自分たち自身拭えないから協力できなかったんじゃないだろうか。たとえば、遺族と補償の話を進めるにあたってのあこぎなやり口はあれが例えばJALじゃなくたって、そうするだろうってことが容易に想像付く。
 素人考え的にはむしろこれはJALにとってイメージアップになるいい機会でもあったと思うんだよね。それを自らネガティブキャンペーンであると訴えて回ったというふうに映る。のみならず、経営陣は制作側を訴えることも辞さないとかって姿勢だそうで、ただでさえ税金使って会社を再建させてもらってるって言う肩身の狭いこの時にだよ?世論を敵に回すような発言は慎んだらと思うのは私だけ?訴えるのは誰のお金で?つか、そんな余裕はないですよね?と人に思われるとは考えないんだろうか。
 おとなしくしてりゃまだいいものを、なまじ反論するもんだから、フィクションだと言っている原作もあながち嘘ではないと思われても仕方ないと思うよ。
 ちなみに恩地のモデルと言われている小倉貫太郎の1999年の東大駒場祭における講演のログによると殆ど本当にあった話のように受け取れるけどね。
 小倉貫太郎 「私の歩んできた道」
 ログは小倉さんの語り口調をそのままなのかなと思わせるんだけど、だとしたらなかなか好感の持てるおじいさんだなと思った。私の印象では勝海舟に似てる。信念は固いし、熱意もあるんだけど、その実、さばさばとしていて、いい感じに力が抜けてるからなんか掴みどころがないというか。
 この人はもっと国益のために有名になるべきだったなとログを読んで思った。小倉さんは2002年に既に亡くなっているらしいんだけど、本人がこの作品を見たら、渡辺健の演じる自分を見たらなんて思ったかしら。

 
*** エピローグ ***

 今の会社に入って、要求されることの意味とか価値とかがどうしても理解できなくて、どう自分を納得させたらいいなのか分からずに途方に暮れてた時、「とにかく長く会社にいることが大切だと思う」とアドバイスしてくれた人がいた。その時は『そんなこと言われてもなんの助けにもならねーよ』と思って、どういうつもりでこんなに大変な時にそんなのんきなことを言うのかその意図がまったく理解出来なかったけど、この映画を観てたら自然とその言葉を思い出して気が付いた。
 その人も恩地の姿を知っていたからそう言ったんだな。

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