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「世界にひとつのプレイブック」 [watching]

*** プロローグ ***

 「世界にひとつのプレイブック」の原題てなんだろうと思って調べてみたら、”silver linings playbook”だった。Playbookはなんとなく分かる。スポーツやるときのマニュアルみたいのだろと思ったら、詳しくはアメフトの監督が持ってるノートのことだって。今日の対戦相手にどんな手を使うか書いとくもんだって。しかし、silver liningの方はこりゃなんか意味があるなと思ってさらにググってみると、ことわざのことだった。正しくは” every cloud has a silver lining”で、直訳すると、「どんな雲にも銀色の裏地がある」となる。“lining”って裏地、ライナーのこと。よくコートに取り外しできるライナーがいてたりするじゃん?あれ。だからライナーノーツっていうのは裏書きのこと。ジャケットの裏(中)に入ってるから。
 話をタイトルに戻すと、つまり、
 「地上から見れば黒い雲に覆われていてもしれないけど、その黒い雲の上(裏)は必ず銀色に輝いている」
 という様子のことをさしており、転じて辞書に曰く、「希望の兆し」を意味する。
 「止まない雨はない」という慣用句に似てるね。
 映画のタイトルからだけでもなかなかためになる作品でいちいち小賢しい感じだ。

 ともあれ、ということは、原題の意図するとことは「希望のためのプレイブック(戦術本)」ということになる。これはむしろ誰にでも向けられた励ましのメッセージと捉えるのが自然だと思うので、逆になんで「世界にひとつの」なんて限定的な邦題にしたのかが気になった。

 ちなみに、映画を見た人のブログで、作品中に何度も「silver lining」って言葉が出てくると言っていたのだけど、私は一度も聞こえなかった。ムムム。

***


 「プレイブック」は当時のアカデミー賞部門の全演技部門にノミネートされた作品だったらしいが、受賞したのは主演女優賞だけだったそうな。
どっちもすごい話だね。

 Wikipe見て驚いたんだけど、この映画はコメディドラマに分類されている。
 おそらくそれがオスカーを逃した最大要因ではないかと思った。オスカーってコメディ映画には厳しいから。しかし、この映画がコメディとは私は全然思わなかった。確かに笑える部分はたくさんあったけど、私の中ではコメディ映画って「オースティン・パワーズ」とか「Mr.ビーン」みたいにもっと荒唐無稽な笑いを取りに行くものコメディと思っているので、ちょっと話が面白いだけでコメディとされるのに驚いた。
 それとも、本当はもっと細かく分類されているのかな。コメディと、コメディ・ドラマとドラマみたいに。
 あり得るな。
 日立のアメリカにある販社のサービスメニューでBasic(基本)とStandard(標準)というサービスがあって私はすごく混乱した。基本と標準を使い分けてる例を初めて見たので。
 分かりやすく言うと、標準以下の提供物があるのかという驚き。その細かさがエグイなーと思った。
 それともストレージの分野では一般的なのか。

 話がずれたけど、この映画が面白いと思うのは、脚本以上に俳優たちの演技。
 特に、ヒロインのジェニファー・ローレンスにはびっくりした。こんな立派な演技ができるのかと思って。彼女の採用に当たっては他のスタッフや俳優陣たちの中で不安の声があったことは事前にNewsweekで読んで知ってた。私も彼女はすごく初心な子の印象だったので、いったいどんな演技が出来て賞をもら足んだろうと不思議だったけど、一目見てこりゃすげえと思った。ちゃんとできてる。
 Newsweekでもヒロインのティファニーはすごく複雑な役だというこを言っていたけれど、実際観てみて本当にそうだなと思った。パットに比べてステファニー自身のバックグラウンドが掘り下げられることがなかったのは残念なことなんだけど、彼女は一見してやさぐれていて、口が悪く、情緒不安定でセックス依存症だ。
 しかし、彼女とちょっと話せばわかることだけど、真の彼女はすごく頭がいい。口先だけで男のキンタマを潰す力強さを持つ一方で、ユーモアのセンスがあり、人を思いやる優しさもあって、そして何より、普通に恋する寂しい女の子だった。それってアカデミー賞の授賞式での天然ぶりや、「ハンガー・ゲーム」で見るような幼さからは到底想像もつかないような姿だった。
 ただ、私は知らなかったけど、「ハンガー・ゲーム」以前はもともと評判の高い子だったらしい。「あの日、欲望の大地で」という映画では、監督に「メリル・ストリープの再来か」とまで言わしめたらしいよ。
 ちなみに私は「プレイブック」を観て調べるまで、この「あの日~」っていう映画を知らなかったけど(日本未公開なのか?)、シャーリーズ・セロンとかキム・ベイシンガーとか豪華女優陣出ているらしいので見てみたいなと思う。

 あと全く期待していなかった主人公の演技もよかった。
 だってこの人、「特攻野郎 Aチーム」の優男(やさおとこ)だよ。他にとりえのない人だよ。どうせイケメンて言うだけで採用されたんだろと思ったけど、開けてみたらこっちもすごかった。
 ワーオ、演技がすごい冴えてる。キレキレやん。どうしたの。「特攻野郎 Aチーム」から想像だにしない域だった。いったいどうやってここまでパフォーマンスを持ち上げて来たんだろうと観てる間中感心しきりだった。
 もしくは最初からその才能は備わっていたけれど、あのお面が災いしているのかな。そうだったらかわいそう。自分の演技力を発揮できる作品を選ばないと。

 この作品のストーリーで一番心が痛んだのは、ステファニーもかなり激しい経歴だけど、まあ彼女の寂しさは理解できるからまだいいとして、主人公のパット(主人公のお父さんの名前もパット)に起きた不幸だった。
 絶えられないよ。そりゃ頭おかしくなるよ。もともと躁鬱の毛があったことが災いしただけで、パットでなくても同じことをしたんじゃないのかな。心を病んでるパットの方が一方的に悪者にされる世間の無言の合意に、人々の中に既成概念としてある差別の意識をとても恐ろしく感じた。
 確かにパットはデブだった。確かにパットはことが起きる前から情緒が不安定だった。だけど、夫婦の共通の職場で同僚と不倫をして、あまつさえ配偶者の留守中に相手を自宅に招き入れ、玄関から風呂場まで服を脱ぎ散らかし、よりによって結婚式のテーマソングをかけながら不倫相手とシャワーの中で絡み合っているところを見つかったのは奥さんの方だ。
 誰が悪いの?
 ていうか、この話を聞いて誰の心がより病んでると思う?
 明らかにパットではないよね。私はそう確信する。もしくは100歩譲ってみんなパットと同程度に頭がおかしい。
 しかしその結果8か月間拘束されたのはパットだった。なぜなら、自分ちの風呂場で自分の妻の裸を舐め回してる素っ裸の同僚を死ぬほど暴行したから。ちなみに、死ぬほど暴行されたパットの同僚は、パットの妻の股ぐらから顔を上げて立ち上がるなりパットに向かって一言、「失せろ!」と罵りの言葉を投げた。
 だれの頭が一番おかしいのかな。

 以来、パットの頭の中にはその時の勘弁しろ級の映像がこびりついて離れない。日々の雑事に追われている中でも、なんの前触れもなくあの光景が発作的に彼を襲う。誰がこんな拷問に耐えられるだろうか。本来ならハッピーであるはずの思い出の曲を聴く度に、否応なく悪夢が蘇ってくる。一人でシャワーを浴びているはずの妻の股間から顔を上げる同僚の男を。
 大の男がピーピー泣き叫んでその悪夢から逃げ惑う。でも自分の頭の中から逃げられるわけがない。私には、よくこの状態で病院が放免したなと言う感じだった。容赦なくフラッシュバックする非情な光景に私も思わず心を患いそうだった。
 そもそも客観的に見れば、パットの言っていることは大概の場面において正気とされている人々よりも正しい。そのコントラストが皮肉だなと思って見ていた。
 彼の診察日に、診療所のロビーでウェディングソングを流すべきじゃないし、「私にはコントロールできない」という受付嬢の対応は間違っている。仮にパットに接近禁止命令が出ているのだとしても、それを破って昔の職場に立ち寄ってしまった彼に、奥さんがいるかどうかは言えないけど、不倫相手なら今いるわと伝えるのは甚だ間違っている。
 みんな彼が死ぬほど暴力をふるったことがあるという過去の過失と、その場のテンションの高さに恐ろしさを感じているようだったけど、それさえ無視してしまえば彼の言っていることに誤りを見出す方が難しい。そういう場面の一つ一つに彼の過失が偏見を持って広まってしまっていることを如実に表していたと思う。パットにとってはまさに生き地獄だ。幸いなのは、彼は大体1日中パニックを起こしていてそういうソーシャルな自分の立場や人の視線が気になってないってこと。
 職場の同僚の奥さんとのえげつない不倫現場をその夫に現行犯で抑えられた男をクビにしない学校なんて、学校と名乗るのもはばかられると思うし、その一面からだけでも、病んでいるのはパットではなく社会の方だなと思わせられる。

 パットのカウンセラーとか、先の受付嬢の対応も実際にはちょっとありえないなと思うけど、まあパットの苦しみを浮き彫りにするための演出なんだろうと理解する。情緒不安定な人たちしか来ない診療所の受付係があんな態度ではパットでなくても日に何人かは暴れることになると思う。そしてカウンセラーの先生も先生で、荒療治に過ぎる。あれでは命がいくつあっても足りない。この先生も相当おかしいなと確信したのは、その後、パットが友達の家に夕食に呼ばれたんで行こうと思うけど、フォーマルな格好よりも自分はイーグルスのジャージを着て行きたいと相談したとき。そのパッと見、ユダヤ人かスコットランド人かと言うようなカウンセラーはすかさず、
 「だれ(どの選手)のジャージだ」
 と聞き返し、パットがファンの選手の名を告げると、
 「最高の選手だ」
 と言って診察質のドアを閉ざす。
 いやいやいや。気持ちは分かるけど、招待されたディナーなんだからも少しフォーマルな方が相応しいんじゃないとかアドバイスすべきなのでは。このカウンセラーはその後、パットの父親もかくやと言う程のイーグルス狂であることが判明するが、それはもう既に驚くに値しない。

 パットの父親もパットと言うが、既に家族の生活を破たんさせるほどのギャンブル中毒なのを自他ともに認めていながら、誰も彼を病院に入れようとは思わない。私だったらそうアドバイスするし、自分の父親だったら絶対に病院に入れる。ギャンブルのかたに取られた店をギャンブルで取り戻そうなんて誰か止めるだろ。取られる前に。
 アメフトは大嫌いだというステファニーだったが、物語のハイライトで滔々とイーグルスの対戦成績を口述してパットの父親を圧倒する場面は、おそらく彼女もまた父親のギャンブルで苦労した家族のうちの一人ではあるが、スポーツ自体は愛しているのだろうという背景を想像させるエピソードだった。

 パットの兄の愛情表現は倒錯していて、もはや両親にすら理解不能だが、弟にだけは分かっていて、久しぶりの再会では傍から聞いてたら散々嫌味を言われているだけにしか聞こえないのに、実はそれが兄の愛情の裏返しで、大いなるアイロニーであること弟は承知していて、「それでも愛しているよ」とパットが言うと、二人して熱い抱擁を交わすのだった。ことここにいたると観ている方がどうにかなりそうになってくる。

 ディベロッパーの職に就くパットの親友は、自ら既に心がおかしいことを認めている賢明な人間のうちの一人だが、x-dayはそう遠くないと想像させる。彼は強権的な妻とバブリーな仕事のストレスに日夜さらされ、表向き温厚そうな人柄とは裏腹にその精神はギリギリのところで保たれている危うさを彼は親友に隠さない。しかしそのせいか、パットのあしらいが一番うまいのも彼だった。

 親友の妻はこの映画の中で最も健全な人間に近い位置に置かれている、それでいて最もたちの悪いタイプの人間だ。個人的には、こういう人間こそが一番悪質だし、一番よくいる勘違いしたタイプと思った。分かりやすく言うと、思いやりのない人間。思いやりがないからデリカシーもないし、ないないづくしでそもそも心が狭い。心が狭いから自分のことしか考えない。自分のことしか考えないから、他人も自分と同じように考えるはずだと思い込んでるその姿は、非常に愚かしいが、その愚かしい女性をジュリア・スタイルズは見事に演じきっている。そのキャラクターの人物像を本当にボトムまで理解している演技だなと思った。すごい。彼女も子役上がりの女優さんだけど、この作品を見て貫禄ついたなーと思った。それを裏付けるだけの演技力だったと思う。そして、ジェニファー・ローレンスとジュリア・スタイルズは姉妹役には感嘆するほどぴったりだった。ほんと、二重三重の意味でジェニファー・ローレンスにしてよかったじゃんと思った。

 おかしかったのは、パットの入院中に友達になったという黒人をクリス・タッカーがやってたんだけど、ちょっと出とは思えないほど超小気味いい演技をしている。あまりに太っていてあまりに唐突に表れたので、最初見た時は自信がなかったけれど、後で調べて彼の名前を見てああやっぱりそうだったんだと思った。クリス・タッカーの本領からは大分抑えた演技と言うべきなんだろうけど、彼と言うかキャラクター独特なリズムが既に絶好調で、役の潔癖症な部分をよく浮かしていたと思う。なんか理解不能なことを喋りまくって危なっかしいことこの上ないけど、それでいてこの映画で最もハッピーに見えるキャラクターだ。それぞれに問題を抱えながらも、「普通」の人の中に混じって生活を成り立たせられている人の一人だと思わせる。まあ、ちゃんと脚本がそうなっているということなんだろうけど。

 そして、パットの家に出入りするお巡りさん。このお巡りさんをやってる俳優は、私がデカプリオの「ロミジュリ」を見た時からの贔屓だ。さっき名前を調べてみて分かったんだけど、私彼の出てる映画は大概見てた。たまたまだけど、贔屓にしているので見れててよかったと思った。そして彼にはトゥレット障害というハンディがあることを知った。なんだろうと思ったら、チックとか、吃音とかの症状が出る病気みたい。意外だったのは、中には悪態をつくのも症状のうちの一つみたいで、汚言症と言うらしい。そんな病気ってあるんだと思って驚いた。まさかアルツハイマーとか脳腫瘍でも患ってるんでない限り、口汚いのが病気のせいだとは思わないよねと思って。Wikipe曰く、「未治療の場合、患者にとって社会的な不利益を生ずることが多い」だって。そりゃそうだろうね。これって軽快することはあっても治るってことはないのかね。
 役に話しを戻すと、このお巡りさんは職業柄、彼は正しい人で、常に正しい側についているという社会通念に守られているけれど、ティファニーを目にするや否やパットの前でデートに誘う。いかに職業が社会的モラルの象徴であっても、その中身の人間は心に問題を抱える多くの人々の一人にすぎないことを自ら露呈する。
 本当に問題があるのは誰の心だろう?
 これはそういうことを考えさせてくれる映画だと思う。

 最後にステファニー。前にも言ったが、彼女のキャラクターが彼女の口からしか語られないのは返す返すも残念だった。映画観たで調べて分かったけど、当初はアン・ハサウェイがキャスティングされていたんだってね。危ない危ない。彼女がやってたら話が最後まで見れないほど重くなってたよ。それにアン・ハサウェイは既にこの手の映画に出すぎてる。新鮮味がない上に、どんな演技か、どんな作品か簡単に想像ついちゃう。結局、アン・ハサウェイは「ダーク・ナイト ライジング」の撮影とかぶったんで降板したんだそうだが、バットマンを選んだ彼女の判断は正しかったと思う。恐らく彼女自身もうやんない方がいいと思ったんじゃないだろうか。
 前にも書いたけど、ジェニファー・ローレンスは「ハンガー・ゲーム」の幼さからは想像できないほど、すれっからしな演技が板についてて驚いた。育ちのよさそうなウサギっていうイメージだったから。彼女は人知れず人物観察とかして勉強してたんだろうなと想像した。ただ、賢い女性ならパーティーで乳首を隠すのがやっとみたいな服を着るのはいい加減やめた方がいいと思う。
 ステファニーは和解せぬまま夫に先立たれて心のささくれだった、ひねくれた不良だけど、本当は人の痛みのわかる思いやりにあふれた女性だ。なぜパットが何度もその優しさに救われているくせに、この女性の素晴らしさに気が付かないのか不思議なくらいだった。印象深いのは、パットがハロウィンの映画館の前で仮想した集団に囲まれてパニックを起こした時、ステファニーにはパットがそれと言わなくても彼の様子を見ただけでそれを察する。不倫の現場を思い出させるウェディングソングが頭の中で鳴り響く中、ティファニーがきっぱりと言う。
 ”It's just music. Don't make it a monster.”
 その声に励まされてパットはだんだんと正気を取り戻していく。
 パットはステファニーの素晴らしさが見抜けないにぶちんなので、ステファニーが仕込んだ手紙を本当に奥さんからだと思い込むが、私はそれがタイプしたものであるのを見た瞬間に偽物だなと思ったよ。
 パットは、本質的なところを表現すれば、疑う心を持たない純粋な人ということなんだが、個人的な深い考察を省くと、単純に「おめでたい人」でか片付けられてしまうタイプの人間だ。
 ステファニーにはパットに会った瞬間に運命の人だと見抜く賢さがあったけど、パットはマヌケなので、ステファニーの努力や周りの人の支えという遠回りをしてようやく自分が本当に求めている人が分かるようになる。

 これはパットが自分の妻の不倫の現場を押さえるという悪夢とその呪縛から自らを解き放つまでを描いた物語だ。だからステファニー個人はそんなに掘り下げられていないのだけれど、セックス依存症って男性よりも女性の方がつらいだろうなと想像する。男は吐き出しちゃえばいいけど、女性はその吐き出したのを受け止める方だから。好きでもない人を受け入れるってどんな気分だろうと思うと果てしなくゾッとする。終わった後でどれだけ自己嫌悪に陥るだろう。よく自殺しなかったなと想像する程だよ。ステファニーはなぜか自分の経歴を知っているパットに自分の依存症を咎められても、「それはもう終わったの」とあまりにもさっぱりと言うけれど、それまでの道のりがどんなものだったろうかということは、同性としては想像もできないくらいだ。
 でも、それだけ自己完結しててきっちりさっぱり立ち直ったステファニーが四の五のごねるパットを選ぶのは、ひょっとしてダメンズに惹かれる傾向が?と、ちょっとステファニーの前途を案じたけど、でも、パットはああ見えて個人的なこと以外にはしっかりし過ぎているほどしっかりいてるから、物を考える時の距離の取り方を学べばきっとうまくいくと思う。パットはちょっと自分も含めて周りを見失いやすいだけ。前述のお巡りさんの前で、まだよく知りもしないしてファニーのことを1ミリの疑いもなく擁護する姿はちょっと見直したもん。ああいう人少ないと思う。

 私はこの映画のロマンスの描き方すごく好きだった。特にパットとステファニーのベッドシーンがなかったことにとても好感が持てた。そしてその創意こそが、あの不倫現場の忌まわしさ浮きだたせているのだと思う。
 パットに拒絶され続けてもあきらめないステファニーのしつこさもよかった。ひたむきと言うより、熱意を感じる。
 なんというか、つまり、ちょっと強引だけど、真剣さを感じた。今の人はそれをストーキングと言うのだろうけど。
 そして、ラストシーンでは、普通の映画だったら告白したパットの首にすぐさま飛び付きそうだけど、ステファニーくらいになると真剣だからプロセスが違う。まず、泣きべそかきながらパットの告白を復唱する。
 「そう、あなたは私のこと愛してるの。ならいいわ」
 と確認してからキスをする。まじめなステファニーの性格が出ているなと思ってすごく好感のもてるシーンだった。

 観てて思ったことが、こんなに情緒の不安定な人々の行動をつぶさに表現できているなんて、家族とか自身に経験のある人なんだろうかと言うことだった。経験のある人ならわかるけど、この作品に出てくる人たちは本当によく描けている。私自身はカウンセラーのお世話になったことはないけど、身近にそういう人がいるからそういう障害のある人との生活がどんなものかと言うことを多少なりとも知っている。そういう視点から見てもこの作品の人物描写は驚嘆に値する。本当によく描けている。誇張でなくて素直によく再現できていると思う。思わず吹き出してしまうようなあの滑稽さは私にはむしろ真実だ。
 パットが投薬を嫌がって家族ともめるシーンは「精神疾患あるある」のうちの一つだと思う。患者は家族や同居人がいるのなら、彼らの前で薬を飲むのがまずはルールでありマナーだと思うけど、個人的には自分に合わない、もしくは使用感が不快だと思うものを我慢して続ける必要もないと思う。新しい精神疾患の病名が増え続けている昨今、代わりになる薬なんてジェネリックになっていようといまいとゴマンとはるはずだ。
 治療や薬に不満があるなら悩まず医師と相談するべきだ。代えれるものならばさっさと代えたらいいと思う。そんなのは精神疾患にかかわらないと思う。私だって自分に合うピルに出会うまでに3~4種類試した。めまいがするとか、異様にむくむとか、眠くなるとか、思考が曇って仕事に支障が出るなんて薬を常用させるなんてもってのほかだし、どうしてもその必要があるならそもそも退院させるべきじゃないだろうと考える。
 カウンセリングや薬にまつわる患者と家族の葛藤や試行錯誤は、実際にその経験のある人でないと分からない空気があると思う。

 だから不思議だったのは、そういう経験がなくてこの作品を面白いと思える人がそんなに多くいたなんて逆に意外だ。だって、経験のない人には理解しがたい日常だと思う。彼らの嵐のような心の変わりようを、その背景にある苦痛を想像することは難しいだろうと思うから。
 だけど、ちょっと調べて得心したことがある。この作品に絡んでいた監督のネーム・バリューが作品の印象を高めるのに手伝ったところが大きいんじゃないかなって。最終的に作品の形にしたのはラッセル監督だけど、ラッセルの手に渡る前に、映画化権を持っていたのはシドニー・ポラックとアンソニー・ミンゲラだという。
 わーお。そりゃすげえ。この二人が既に死んでいることを考えればそれだけで二階級特進できるってもんだよ。だけど、そんな大看板に倒れなかったのはひとえにラッセルの身近に実際に精神的な病を抱える家族がいればこそ養われた暖かい視点の賜物だろうと思う。彼の息子が双極性障害で強迫観念症だという話だが、それは健常者でしか構成されない生活圏の人々に想像すら難しい日常生活ではないかと思う。
 でも、もしもあなたの生活の中にそういう疾病と戦っている人がいるなら、この作品に出てくる人々の行動のや気持ちをいちいち考えるまでもなく、経験のあるものとして隅から隅まで手に取るようにして分かるはずだ。そして、その彼の家族に対する愛情あふれる視点こそが、まさに人々に、私に、届いているものだと思う。

 ステファニーの気持ちがパットに届くラストシーンは心温まるけれど、現実にはそんなハッピーエンディングが、同じような病気を抱える人たちにとってどれだけハードルの高いおとぎ話かと言うことは、傍で見ているだけの私でもよく分かる。
 それでも、と思う。
 それでも、こういう映画が、今まさに同じような悩みを抱えている人たちの気持ちを少しでも慰め、原題に込めらたように少しでも彼らの希望になるのであればいいなと心からそう思う。

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