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またか [Journal]

でた。
しかも過去記事消える系。
思わず両手に顔をうずめる。
いやはやソネブロって過去10年でよくなったろことってあるんだっけ。

【終了】AFPBB Newsのニュース記事転載
いつもご利用いただきありがとうございます。

「AFPBB Newsのニュース記事の転載」サービスが2016年4月末で終了を予定しております。
詳細はこちら
http://www.afpbb.com/articles/-/3082077

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なお、これまでお客さまがブログへ転載した記事枠部分につきましては、2016年6月29日(水)をもちまして非表示となりますので、あらかじめご了承ください。

急遽の終了で大変申し訳ございませんが、ご了承のほどよろしくお願いいたします。


お召し [Journal]

「もう1冊」

と思ってた。

エーコが死んだのを18時のBBCの特番で流れるテロップで知った。
もうそろそろそんな時期だろうなとはしばらく前から思っていたけれど、
それでも昨日から通勤に「バウドリーノ」を携えていた私としては、
思わず悲鳴をあげちゃったよ。

一大事だが、日本のテレビはどこもそんなこと話してなかったし、
今年はボウイ以降、かつて浮名を流したおじさんたちがぽつぽつ死んだから
誰か著名人が死んだって話題にはテレビ的には食傷気味なのかも。
ネットの主要ポータルもまだニュース乗せてなかった。
ネットのが反応早いかと思ったけど。

でもソネブロのブログネタは外資系だから、時々日本のニュースでは
取り上げない面白いトピックを見つけるんで、そっちならあるんじゃないかと思ったら
ちゃんとあった。やっぱりね。

書かなくても、90までは生きてほしかった。
生きて彼がノーベル文学賞を受けるとこを見たかった。
村上春樹より前に。

日本では22日に「プラハの墓地」が発売されるけど、
死ぬのはもう1冊書いてからと願ってた。
なんとなく彼の仕事のペース的に、何かしらすでに書いてるんだろうなとは
思ってたんだけど、彼の死を意識してからは、死ぬのは長編をもう1冊
書いてからと願ってた。
長編といっても、エーコにかける期待だから並みのやつじゃない。
「バウドリーノ」や「フーコー」みたいに上下巻に分かれて、併せて買ったら
7~8,000円するやつ。

最後の作品は、それくらい読み応えのあるやつを残してほしかった。
別れの時間が長引くように。

高校2年生の時に「薔薇の名前」を読んで以来の付き合いなので、
彼の作品がもう読めなくなるのかと思うとほんとにさみしい。
高校生の当時は何行かづつ読み進めるのが精一杯で、読めても
何を言っているのさっぱりかわからないから、同じところを何度も
読んで、最後まで読んだけど言ってるとこの3割くらいしか分からなくても、
その時にはすっかり自分が読んだもの、想像のうちに目にしたものの
面白さに魅了されて、「フーコーの振り子」へと進むことになる。

学生の時は、全然ほんとに何言ってるのか分からなかった。
前述の2作品は今読んでも高度に専門的すぎて難しいと思う。
エーコの話してる世界を理解したくて、派生本的なものも何冊か
買ったけれど、それらは今も本棚の肥やしとなっている。
だけど不思議なことに、それらの参考書を読まずとも、ただ年を
とったというだけで、読むたびに、薄皮を剥ぐようにではあるけれど、
以前よりすんなりと自分に話が入っていくのを感じることができる。
ひょっとしたら、80まで生きれば、彼の言ってることを大体理解
できるかもと思ってしまう。

彼は基本的に、というか、性根がアカデミックな人間だから、
彼の作る物語を余すことなく楽しむには、高度に専門的な歴史的、
宗教的、美術的知識が必要とされるんだと思う。
だけど、それを知りたいと思うちょっとの探求心とユーモアを解する
心があれば、彼のドラマの面白さを理解するには十分だとも思う。

私のベスト・オブ・エーコは、「前日島」かな。
初めてエーコの言ってることがすんなりと耳に入ってきて驚いた作品。
社会人になってから刊行されたんだけれども、まだネットが社会に
普及する前だったから、彼の新刊が出ていることにその本屋で目にするまで
知らなかったんだけど、図らずとも私が手にしたそれはなんと初版本だった。

「フーコー」もそうだったけど、「前日島」はラストが一番好き。
締めくくりを物語の中で一番かっこよく、印象的に演出できるなんて、
物語の中で一番輝く部分を、ほんとに最後の最後の瞬間に持ってくるなんて、
読後思わず抜け殻になっちゃうよ。
センスというより、純粋に彼の才能だろうな。

こうして改めて彼の作品を振り返ってみて気が付くことがある。
私、ウェス・アンダーソンの作品が好きで、全部見てるんだけど、
私が好きだなと思うエーコの作品とウェス・アンダーソンの作品の
間には年の離れた師弟愛という共通点がある。
ウェス・アンダーソンの作品では常にそれが物語の土台だ。
で、私が好きな作品、たとえばそれはエーコの作品でなくてもよいのだけど、
ル・グウィンとかコニー・ウィリスでもいいんだけど、
で考えたら、どれもたいてい年老いたメンターのもとで成長する若者の話で、
私は常にその年老いたメンター(そして常に男性である)のほうがお気に入りで、
物語の中で指導者の登場が少なかったり死んだりするとがっかりするくらいだ。
ウェス・アンダーソンはエーコを読んでるだろうか。
エーコの話をどう思っているかな。

明日「プラハの墓地」が届く。
公式な発売日は22日だけど、Amazonはすでに今日ポチっとできた。
彼の最後の作品だからじっくり読みたい。
そしたら「薔薇の名前」にさかのぼって一気読みしよう。

年取って、余裕ができたら(というのはあまり想像できないけど)、
エーコーの監修した美術史の本も読んでみたい。
高いんだよね。
まあ、美術関連の本はなんでもそうだけど。

実は、生まれてこの方、将来どうしたいとか、個人的な夢みたいなのが
まるでイメージが持てなかったんだが、ほんとについ最近、ふと、
将来は毎日好きな本読んで暮らせたらいいなと思いついた。
そんで、読んだものの感想文を書いて過ごしたいなと。
突然そんななことを思いついた矢先に彼を失ってしまうなんて、
なんだか出鼻をくじかれたというか、目標を奪われたような気さえする。

「バウドリーノ」を読む前は、コニー・ウィリスを読んでいて、彼女が死にや
しないかと内心心配してた。彼女ももう若くはなし。
できれば彼女にはオックスフォード・シリーズに決着をつけてか死んでほしい。

「バウドリーノ」のオットーの言葉を借りれば、彼は、
「この世を去る。天に帰るとも言える」。
私は彼が天に召されたと考えたい。

神様が彼を人間に預けておくのをあと数年も我慢することができなかったのだろうと。
でも、エーコは地上から引き離される代わりに、とうとう人類が初めて言語を有する瞬間を、、
牛を見て「ウシ」と呼ばわる瞬間を目にし、言葉と記号に関するすべての謎がついに
彼の前に明らかにされる。
そうして彼は永遠の安らぎを得ることができた。
そう思いたい。
私が願うより早く死んでしまったのだから。
いま生きている私には決して超えることのできない永遠の向こう側に。

「バウドリーノ」のメンター、オットーは続けてこう話す。
「それは主の思し召ししだい。神意を議論すれば、今この瞬間にも雷に打たれかねないので、
わずかに残された時間を有効に使うほうがよかろう」

だから私は、私に残された時間でできるだけじっくりとエーコの作品を読もうと思う。
彼の言葉によく耳を傾けて、できれば死ぬまでにある程度理解したいと思う。
だって彼はずっと私の秘密のメンターだったのだから。


【ブログ開設10周年記念】 犬に噛まれる話 [Journal]

今日、人生で初めて四つ葉のクローバーを見つけた。

この時期、犬を連れて行く先々にクローバーが生えている。
最近、四つ葉のクローバーって見つけられないもんかなと思って
眺めていても見当たらないので、
やっぱりなかなか見つからないもんかなと思っていたのだが、
今日ふと足元を見たら最初に目に留まったクローバーが四つ葉だった。

なんてラッキー。

それもすごいでかいやつだ。
まあでかいからふと見て見つかったんだけど。
そのあと妹も一緒になって探して、結局7つ摘んで帰った。
ラッキーセブン。

で、そのあと犬におしっこさせようと思って行った公園で
よその犬に右手を三回咬まれた。
血は出なかったが、半日経った今でも痛くて手に力が入らない。
人を咬んだ犬を怒るよりも、怒ってる犬をなだめようとする
ドッグリテラシーの低い飼い主で、
咬まれたのは私なのになぜか彼女の方が涙目になっていた。
しっかりしてくれよ。泣くまえにすることがあるだろ。
犬を怒れないなら飼わないことだよ。
だいたい気の立ってる犬に飼い主本人がびくついちゃってるし。

よその犬に噛まれたのは初めてだ。
しかも何度も噛まれるというのは生まれて初めてだ。
そもそも自分の犬にも噛まれたことは、今の子と、
その前の子で1度ずつしかない。
自分ちの犬に噛まれるのはいい。
人を噛んじゃいけないという教訓になるし、
実際それ以降二匹とも二度と人を噛んでない。
しかしよその犬を、その飼い主の目の前で締め上げて
降参するまでグーで殴りつけるとかできないし。

最初に噛みつかれた時は、びっくりした気持ちしかなくて、
痛みが分かんなかった。

『え?噛みつかれた?』

と思っているうちに二度噛まれ、
三度目に噛みつかれたときは犬の顔が私の手から離れないのを見て、

『え、なんで私の手に噛みついてるの?』

と思った所でようやく、『私、犬に噛まれてるんだ』と理解した。
痛みはそのあとやってきた。頭に。
犬にて噛まれると頭が痛くなるのね。
びっくりした。

書いて説明すると長いけど、実際には一瞬の出来事で避けられなかった。
あえて文字で表現するなら、

「ガブガブガブーーーーーッ」

って感じ。
そのよその犬は離れてもまだ怒ってた。
いったい何に?

だが私にはなんでその犬が噛みついたのか大体見当が付く。
その犬はいつもうちの犬にに吠え立てるので、
臭いで私が飼い主だって分かったんだと思う。

しかし、その小さな悪魔は私のところに笑いながら近づいて来たのでした。
しかも私のとこに来る前は、別の犬友のおじさんの手から
おやつをもらっていたんだから、その人馴れした様子の直後に、
まさか噛みつかれるなんてことは微塵も疑わなかった。

おじさんの手からジャーキーをもらったその犬は、
食べ終わると私の顔を見上げながらツツツと寄ってきて、
私の臭いを嗅ぎたいのかなと思ったので、
ペットボトルのキャップを握った右手の甲を差し出したら、
豹変した瞬間を視認できないほどの素早さで噛みつかれた。

「挨拶をしようとしている風体からの噛みつき」
みたいな豹変ぶりが柴犬にありがちなのは分かっているつもりだったけれど、
「飼い主以外のおじさんの手からおやつをもらう人懐っこそうな姿からの噛みつき」
はよもや私の想像力の範疇ではなかったよ。
あの犬種はほんとによくわかんねーな。

でもね、犬が悪いとは思わない。
犬は咬むもんだし、犬は人との接し方は飼い主からしか教われないから。
だからその分飼い主の責任が重いと言うことには、
全く異議の無い所なんだけど、
実際に人噛んで処刑される過酷な運命にあるのは
犬の方であることを考えると
世の中の不条理にいつも胸が痛む。

賢い犬なら自信が無ければ、
うちの犬みたいに自ら接触を避けるのだけれど、
時々彼の嫌がるのを無理して触ろうとする愚かな人間もいる。
さらに言えば、それで噛まれたとしても、そういうタイプの人は、
その愚かさゆえに噛まれた理由が自分にあるとは気が付かない。
そして、シーザーの番組を見ている人なら誰でも知っているように、
自信のない飼い主ほど犬の群れを守る本能を高めるので
犬は強気になる傾向がある。

私を咬んだ犬はまさにそのパターンだろうと思う。
私を咬んだ後、周りにいた別の飼い主たちとその犬たちが
ドン引きした空気を作り出したので、
噛んだ犬の方はそれを感じ取ってる風だったけど、

「今まで人を咬んだことなんかないのに!どうして噛んだの??」

と言いながら飼い主がついさっき人の手を噛んだ犬の頭を撫ではじめたので
(たぶん犬の気をなだめるつもりだったのだろうけど)
周りのみんなの協力は全て水の泡になっただろうと思う。

これまでの私の噛まれ経験と、ムツゴロウの見識からすると、
動物は人に悪いことをしたと思うとその人と距離を置いたり、
目を合わせないようにする。
私を咬んだ直後はしばらく主人にさえ唸っていたけど、
みんなのドン引きした空気を察知した後は、
私を目を合わそうとしなかったので、

『何かがまずいことをした?』

と言うようなことは薄々感じていたのではないかと思う。

一晩私に預けてくれたらもう少しましな犬にしてやるところだけど、
それ以上に肝心なのは飼い主が認識を改めて
犬への態度を変えることなので、
私がその犬を躾けても私に対して咬まなくなるだけで、
気弱な飼い主に連れられてればきっとまた同じことが起きる。

で、ショックのさなかにあった私の耳には届かなかったのだけれど、
私が咬まれた時、一番離れたところにいたうちの犬は
一応加勢のつもりか、その犬に吠えていたらしい。
それを聞いて、今回一番賢く立ち回ったのはおまえかと思った。

君主危うきに近寄らず。

いつもそいつに吠えられているうちの犬なら見抜けたことだったかもしれない。
あの笑顔が仮面だって。
もーー、改行のキーを押すのもいてえっつーの。

しかし、噛まれてすぐにその場を立ち去るのは噛んだ犬によくないと思い、
ちょっとヒステリー気味になってる飼い主を無視して
私はその場にとどまり続けたが、
私が犬に話しかけたり覗き込んだりするたびに飼い主が動揺する姿に、
なんだかこっちが悪いことしてるみたいな気がしてきちゃって、
妹が傷を心配してることもあるから、
手を洗って(既に青たんになって腫れ上がっていた)帰ろうとしたら、
飼い主が濡れた手を拭けとウェットティッシュをくれた。

なんだかなー。
そんなことよりギリで穴の開いてない噛み跡を見て、私の頭によぎったのは、

『狂犬病の注射受けてますか?』

ってことだったけど、
涙目で私に謝ることしかできない飼い主にそんなこと聞けなかった。
人に噛みついてあんなに取り乱す主人に飼われている犬も災難っちゃー災難なんだが。

しかしその後、なぜか家に帰って来てからうちの犬がふさぎ込んでしまって、
そう言や車の中でもおとなしかったなと思ったらお兄ちゃんが、
「お前を助けられなかったからじゃない?」
と言うのを聞いてギクリとした。
マジか。

確かに車の中で、

「なーんで助けてくれないんだよーー」

とかさんざんからかっちゃった。
うちの犬、気が優しいのはいいんだけど、メンタル弱くて泣けてくる。
ほんとその辺は妹に似てるな。

まあでも咬まれたのがうちの犬でなくて良かった。
私、目の前でうちの犬が噛まれたりしたら相手の犬本気で殴っちゃうもん。
手加減とか無理だと思う。相手が本気できてんのに。

まあ、あの中で誰が咬まれときゃ一番問題が無かったかと言えば
それは私なんだろうからそれはいいけど、
私がもっと賢きゃ噛まれること自体を避けられたんじゃないかと思うと
さすがにそれは落ち込む。
そしたらうちの犬をしょんぼりさせることもなかったんだ。

まあ、そもそも悪いことをしたのは私では無い訳だが、
降りかかった火の粉を振り払う知恵があるかないかというのも
サバイバルには重要な要素だよね。

でも、そういうスマートな生き方は私にはもっとも縁遠いからなー。
その辺はもう天性の勘というか才能みたいな気がする。
私、そういう才能ないしな。
自分で言うのもなんだけど噛まれる人生の方が似合ってる気がする。
自分が傷ついて他の人を守れるなら最低限オッケーみたいな。

噛んだ犬と別れた後、公園の中を歩いてたら妹に

「四つ葉のクローバー、あんなに摘んだのにね」

と言われてグーの音も出なかった……。
たしかに……。

私の不運は四つ葉のクローバーの希少性が束になっても敵わない程の凶悪さを兼ね備えている。

私が一番最初に見つけた一番大きいのを押し花にしてツレにプレゼントしようと思ったけどやめておく……。
犬に噛まれるかもしれん……。

まあとにかく噛まれたのが私でよかった。
もっと悪いことにはならなかったんだから。

願わくは一匹でも多くの犬たちが健康で幸せに生きられますように。

いや、でも、すげー痛いけどね。

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